死選択の自由は否定しないが残された母が哀れ ニュース記事に関連したブログ

2008/05/28 08:58

 

有名であろうがなかろうが大人になった人の選んだことを簡単に否定は難しい。
それに自殺への誘惑は殊の他美しくささやきかける魔女の勧誘以外何者でもないのだ。
しかし、人は一度この社会に生れ落ちた時点で如何であろうと一つの責任を背負っている。出来るなら病気に犯されない限りはその責任から開放された日にこそ自殺の自由の選択の許可が下りるのではないか。

日本人はこの生の世界にあって美しきことを望み求めて追求し飽くなき戦いに泥まみれになり嵐のような挑戦をする。
残念ながら同時に美しき死にも憧れる。

小説家を取り上げて示せば
芥川賞芥川龍之介・ノーベル文学賞の川端康成三島由紀夫太宰治・・・・・

それは日本人の自虐の系譜とも関係があるのだろうか。
近年は特に前線へと戦場に赴く特攻隊のように死の選択をする若者が増えている。ただし、特攻隊には大義名分があった。民族の為、国家の為に美しき犠牲を選んだのだ。大きな責任への一つの美しき価値なのだ。

だが今はそんな必要性は全くない平和な社会なのに先祖から引き継がれている良き伝統を否定して勝手に死んでゆく。
現代日本はもしかすると親も子も一種の病気にかかっているのかもしれない。
病魔に冒されているに違いない。
それは伝統的日本の美と表裏一体の関係の悪魔と言う美の病魔に。

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